琵琶湖周辺は古くから近江と呼ばれ数々の武将らに統治されてきた。中でも織田信長の安土城などは有名である。また今年から始まった大河ドラマ“井伊直虎”につられ、井伊家の代々の城「彦根城」が年明け早くから活気づいていると期待した。
さておき青春18きっぷを使える最後の週末ということもあり、JR西日本管内を1泊で戻れる琵琶湖を散策した。
まず岐阜駅で降りた。駅前には金色に光る織田信長立像が目に飛び込む。かなり新しい。いつ建立したのか?。周辺の高層マンションと不調和な立ち方でもある。しかし、県庁所在地岐阜駅前はシャッター街となっている。新幹線の岐阜羽島から離れているため利用者が離れたのか?この先にいかに街づくりするのか期待したい。
次に米原駅で降りた。しかしここも残念なことに駅前には何もなく、すぐに北陸本線に乗り換える。有名な長浜で降りた。ここは豊臣秀吉の長浜城が有名である。駅西口の吹き抜けには、秀吉のガラスレリーフが大きく掲げられている。
腹が減ってきた。駅前ショッピングセンターのオープンテラスで遅い昼食をとる。ボリュームを期待しかつ丼を注文。すると揚げたてのカツに、ふわふわ卵のあんかけが乗ってきた。サクッという香ばしいカツレツと甘みのある卵はマッチングする。これまでの常識とされた“卵とじ”ではなく、関東では口に入らない見事なカツ丼であった。
駅のポスターを見て「慶雲館」に入る。ここでは新春の長浜盆梅展が開かれ、大きな座敷間に鉢に植えこんだ梅の木が展示されている。3部程度の梅が咲いた盆梅は、この寒い時期に春を先取りした新鮮な雰囲気を醸し出している。枝振りも見事であり盆栽(通常は松を用いる)と肩を並べる芸術作品とみる。一階には床の間や庭を背景に、通常の電球による照明が梅とノスタルジックにマッチし、二階は蛍光灯によるややアカデミックな見栄えがする。
この日は雨であり、冷たい雨が降っていた。このため室内で鑑賞できるのはありがたい。梅も春と間違えて早く咲くのであろう。若狭湾から入り込む風は冷たく、通常は雪になるはずのこの厳冬期。地球温暖化まったなしの強い影響であろうか、梅に雪という雅な雪景色は見られなかった。この日は成人式であり、初々しい振袖を着た華やかな2名がこの館を訪れていた。
電車が少ないので、長浜駅の観光案内所でくつろぐ。暖房がよく聞き快適な空間である。チラシポスターを見ると、「梅酒祭り」が目に入る。ほっぺたが紅色に染まった若い女の子がおいしそうに梅酒を飲む。梅酒をたくさんは飲めないが、行ってみたいと思った。
夕暮れの北陸線から琵琶湖は見られず、小さな湖「余呉湖」が見えた。天女の羽衣の伝説舞台であり、この日は時間がなく通過したがまたいつか確認しようと思った。
この日は、琵琶湖西岸のラシーンホーム針江に泊まる。日帰り温泉のようでもあるが、クリアな湧水を沸かしたものである。とってもさっぱりしており、温泉よりも上がり心地が良い。夕食は手作りの温かい食事が出てきた。ビールを飲み干したのち、伊勢志摩サミットでふるまわれた「舞子」という日本酒の飲み比べセットを頼む。吟醸、純米、梅酒と3種ある。梅酒を飲む。普通のホワイトリカーで仕込んだ梅酒ではなく、何か高級な日本酒と合わせたフルーツのような感じであり、正直これはいけると思った。なにより食事によく合う。当然吟醸、純米、は期待通りのクリアで清廉なのみ心地だ。いずれもこのあたりに分布する純度の高い天然水湧水による恵みである。
翌日、宿屋の裏にある湧水池や、高島の街を縫うように流れる清流群を写真に収めた。いたるところに掘り抜き井戸があり、水神が祭られている。朝日の上るまぶしい水田を横目に、日本の忘れかけている原風景を見ながら新旭駅に向かった。駅にはメタセコイヤが植えられ、より古代らしさを醸し出している。
ここから反時計回りに湖西線にて琵琶湖を巡った。ちょうど琵琶湖から朝日が昇り、湖面から立ち上る水蒸気のカーテンの奥に、近江八幡の八幡山が黒色三角帽(烏帽子)のようにとんがって見える。湖面の反射がまぶしくまっすぐに見えないほどだ。雲間からこぼれる朝日は、強い光線となり琵琶湖に差し込む。朝日が雲に隠れたときのみ、シャッターが切れる。冬の暖かな太陽はどれだけ暮らしを安堵させるか、計り知れない。やはり日本海側の福井などとは異なり、琵琶湖湖畔では強い北西風が通らない限り雪は降らないようだ。隣に京都へ向かうと思われる芸子さんが座った。スマートフォン手元に差し込む直射を避け、めんどくさそうに操作している。現代人には欠かせないアイテムですね。かわいそうなので窓際のスクリーンを落とし、外の観察をあきらめた。向かいには英語を勉強する学生が座っている。もうすぐ大学入試である。その学生のためにもスクリーンを落としてあげてよかった。
近江八幡で降りる。ここは近江商人発祥の地である。人様のために大儲けしないあたりが謙虚で持続的に発展できたのである。当然現代にも通じ、とくと見習うべきである。
琵琶湖に向かい緩やかに傾斜している。まっすぐ行くと旧市街地に出た。明治大正時代の再現ともいうべきか、船着き場である河岸沿いに、商家や旧役場などが並ぶ。町は京都の町屋そのものであり風情がある。京都に近いからね。時間がなくどの店にも入らないまま通過したのがもったいない。またの機会に楽しみにとっておいた。
再び東海道線に乗り彦根で降りる。彦根の駅前はよく整備されている。近江ちゃんぽんの幟旗を見かける。また近江牛の焼肉屋も見かける。とびっきりの上質和牛である。そのまま西へ行くと、彦根市役所がある。あまり大きくないが整然としている。向かいから来た外国人のツアー客とすれ違う。東南アジアからのツアー客であろう。彦根城を見た後の感動を語り合っているようだ。のどが渇き、彦根城入口の観光案内所でソフトクリームとコーヒーを飲む。
モニタで国宝彦根城のビデオ案内を見ながら少しゆっくり過ごす。少し疲れがとれたところで歩みを進める。彦根城城門で600円を払い入城するがいきなり長い上り坂である。標高50m程度は上ったのではなかろうか。掘割をくぐり抜け、その掘割を渡す橋を越え、ようやく天守閣のたもとの広い庭にたどり着く。周りの観光客も息を切らしているのがわかる。子供は元気である。走りまわている。
天守閣に登る。1:0.2ぐらいのかなり急な階段を上る。通常は1:1.5ぐらいである。ほぼ梯子と言っても間違いではない。近くの30歳くらいの奥様が「もしかして展示用に急に直したのでしょうか?」監視員「いえ、当時のままですよ」奥様「こんな急で暮らせたのでしょうかね?」監視員「・・・」まあ、天守は防御そのものであったので、急であるからこそ追っ手を塞ぐことができるはずである。暮らしやすさファーストではないはずだ。
天守閣を降りると雲が厚くなり、小雨が降りだした。入場券で玄宮園も見ることができた。回遊式の日本庭園であり、池沿いから彦根城を遠望することができる。桜などの季節は最高であろう。時間がなく足早に出ることになった。
琵琶湖湖畔には歴史的武将や大商人が創り出した多くのみどころがある。桜の季節にぜひ見てみたいものだ。
Short traveler 2017